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2006年7月 4日 (火)

Hidetoshi nakata、改めてサッカー

Hidetoshi NAKATAが引退した。

この事実を受けて、改めて僕が思うサッカーというのを書いていく。

その前に中田選手が引退したことに関して・・・

僕自身想像していたことだった。

以前から彼は「サッカーバカにはなりたくない」などの発言をしていたし、それなりの時期が来ればあっさりやめることは予想していた。

もちろん昨日だったのは予想外だったけど。

時期はともかくある程度予想していた僕にとっても、この引退は正直寂しい。

彼が二度とプロのピッチに立たないということを想像するだけで寂しい。

心の中にぽっかりとあいた穴。

これが僕が思う、サッカー日本代表。

日本代表という心の、文字通り中心から中田選手がいなくなった。

やめたことに賛成とか反対とかは特にないし、まだ出来るとか、早すぎるということには興味がない。

とにかく、あなたがいなくなる代表は寂しいということだけ。

さて、サッカー。

サッカーはスポーツだ。

僕が思う体育とスポーツの違いは、教育的かそうでないかということ。

体育は教育的でなければならないし、体育にとってもっとも優先されるべきことは「育てる」ということ、だと思っている。

スポーツで優先されるべきことは教育ではなく、勝敗。

もちろん、二次的に教育ということはあると思うけど。

最近の小学校などにおける運動会では

例えば徒競走に順位をつけない学校もあるらしい。

これに関して言えば、

どちらでもいいと思う。ただし、それが体育であって、教育的側面が含まれていれば。

順位をつけることによって、負けた子がより頑張るのであれば、教育的にいいことだと思うし、逆に、順位をつけない、つまり敗者をなくすことが教育的にいいことであれば、それもまたいいと思う。

大事なのは教育的側面が含まれているかどうか。

さてスポーツ

今やっているワールドカップ。

ここには勝者と敗者が確実に存在し、圧倒的な残酷さがある。

これがサッカー。

PKを外して、全世界ネットで泣いてしまう選手の横で大騒ぎする相手選手とサポーター。

Roberto Baggioはこんな言葉を残しました。

  • 「PKを外すことができるのは、PKを蹴る勇気を持った者だけだ。」
  • 「PKを決めても誰も覚えていないが、外したら誰もが忘れない。」
  • 実はこれってすごく残酷ですよね。

    教育現場ではありえない。

    ちなみにW杯における勝者とは誰か。

    優勝したチームのみが勝者であると思う。

    優勝したチームが四年間のスタンダードであり、もっと過激な言い方をすると、「ルール」になる。

    皆さんは考えたことないかもしれませんが、前回のワールドカップで2位のチームは覚えているかもしれませんが、ベスト4、ベスト8を完璧にいえますか?前々回は?

    勝ったチームだけが記憶に残り、そこにはコントラストとして、前回で言えばカーンが呆然とゴールポストに寄りかかり、94年のアメリカで言えば、R・バッジョがPKを外した場面が含まれる。

    やっぱり残酷。

    でもこの残酷さが素晴らしいと思う。

    今日、ベスト4がぶつかりますが、僕は見ます。そして、その歓喜とともに訪れる残酷と向き合うことが自分の幅を広げてくれそうな気がしています。

    最後に、メディアではジダンが復活したなどと報道されていますが、本当にアホらしいと思います。

    復活したと言い切れるのは上にも書いたとおり、優勝した場合、もしくはすべて終わってからだと思います。

    ロナウドは、日本戦の直後、もしくはゲルト・ミュラーのW杯得点記録を破ったときは復活といわれていましたが、負けた瞬間、やっぱりロナウドはダメだったということで戦犯扱いです。

    結果がものを言う残酷な世界、それがスポーツであり、それがプロサッカーだと思います。

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